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『晴天の霹靂』とはこのことか!!
2007年1月に胃がんの手術を終えたばかりなのに
まさか、同じ年の8月に甲状腺の手術をすることになろうとは…



1月の胃がん手術に際して、内臓はほぼ調べてもらったのだが『脳』が心配・・・
そこで『脳ドック』を受けることにした。

脳に関しては、全く異常がなかったが、脳へ行く血管(頚動脈)のエコー検査で「引っかかって」しまった。
甲状腺は検査の範囲ではなかったが、エコー画像に腫瘍が写っていたのである。

すぐその場で、医師が紹介状を書いてくれた。

「ま、たいしたことはないだろう」と思ったが、万一、入院・手術となれば胃がんの手術を受けたN病院がいいな・・・と、軽い気持ちで受診。




N病院内科(糖尿病センター)受診 2007/7/4(水)

『内分泌内科』宛ての紹介状持参。N病院では糖尿病センターに含まれるとのこと。
糖尿病センターのためか、受付の際体重も測って問診表に記入する。
血液検査の結果を待って診察。
甲状腺ホルモンなど『内科的』には問題なし。
しかし、首を触診すると、やはり腫瘍が認められるとのことで、外科宛の紹介状をもらう。
大きな病院となると、それぞれの『科』が独立した医院という扱いになるのか・・・

また、同じ外科でも担当分野によって医師が違うので、初診あつかいになり、予約はできないと言う。



      
N病院外科受診 2007/7/9(月)

長い待ち時間を経て、担当外科医師による診察を受ける。医師は診察室のエコー画面を見ながら腫瘍に注射針を刺し細胞を吸引(穿刺細胞診)し、 検査に。
「ま、たいしたことはないだろう」と思う。




      
まさかの『グループW』!! 2007/7/17(火)

診察室に入った途端、医師が「今日は一人で来ましたか?家族の方は?」と聞く。「え?一人ですが・・・」「実は細胞診でグループWという結果が出て・・・」と言う。
「あちゃ〜っ!!」・・・そう叫んでしまった。
「うそやろ〜」と思う。グループWというのは『がんが強く疑われる病変』ではないか。

23日に家族の人と一緒に来てもらった時に詳細を話すと言う。
とりあえず手術日を押えておこうということで、8月17日に決定。
手術に向けて、胸部レントゲンを撮り、CTの予約をして帰る。



      
造影CT検査 2007/7/18(水)

単純CTに対して、X線吸収率の高いヨード造影剤を血管内(通常は末梢の静脈内)に注射してから撮影を行うものを造影CT (contrast enhanced CT; CECT) と呼ぶとのこと。

薬剤が入っていくと、体全体がカッと熱くなる。




      
『試練』 2007/7/22(日)

胃の手術後、初めての『文化行事』。
コーラスの発表会のチケットをいただいたので、気分転換に行ってきた。
終わったあと、メンバーの人たちと色々話をする。

「胃がんの手術後、やっと体調が良くなってきたと思ったら、甲状腺がんの診断・・・」と嘆くと、自身も甲状腺がんの手術をした方がこう言ってくださった。
試練は、それを乗り越えることができる人に与えられるものよ〜」「だから大丈夫!」

ふっと気持が軽くなった。




      
夫と結果説明を聞く 2007/7/23(月)

先週「来週、ご家族の方と来院してください」と言われたので (そう、予約票にもしっかり印刷してあった) 夫と説明を聞きに行ってきた。

合併症などについて、説明を受ける。
どうしても悪い方へと考えてしまう。 なんといっても『反回神経麻痺』というのが怖い。
声帯をコントロールする神経のことで、これが片方切断されると、一生かすれ声』・・・
つまり森進一の声になってしまうという。

「カラオケとかしますか?」と医師。
「先生・・・唯一の趣味がコーラスなんですけど・・・」

先日の造影CTでは、左右の肺に小さな腫瘍のようなものが 複数写っているとのことで、
PET−CTでガンがないかどうか調べてみると・・・但し5ミリ未満のものは写らないらしい。
甲状腺から肺へ転移しやすいが、今の大きさで、まだ軟らかめの腫瘍では、まず大丈夫とのことだが・・・




      
エコー検査 2007/7/26(木)

診察室に置いてあった機械とは比べものにならないくらい、 はっきりきれいに映し出されていた。 頭の横にディスプレイがあったので、目を吊り上げて必死に眺めた。
判別しにくい場所があるとのことで、途中からもうひとり検査技師が加わり、二人であれこれ話しながらの検査。
「Solid」だとか、「扁平」だとかの単語。耳を澄ませる。



      
PET-CT検査 2007/7/27(金)

Positron Emission Tomography (陽電子放射線断層撮影法)

PET-CTのために改装された施設は、放射線を扱う施設とは思えないほど温かみがあった。
ドアなどには、ダークブラウンに塗られた木材を贅沢に使用し、壁紙も上品で落ち着いた小花柄。 この春に開設されたばかりなので、スリッパも更衣室も検査着も、真新しくて気持ち良い。
ふと、高級なホテルにいる錯覚に陥る。

ホテルのロビーのような受付で、検査着をもらい、着替える。
検査場所は『放射線管理区域』となっているため、入り口で黄色いスリッパ(赤い三角が3つ円形に並んだマーク入り) に履き替え、受付でもらった移動順に従い検査のために部屋を回る。
検査薬がしっかり体を巡るようにするため、50分ほど個室のリクライニング・シートで休息する。 「読書はもちろん、考え事をしてもダメ。ひたすらボーッとしておくこと、もちろん眠っても良い。」との注意事項。
白い革張りのゆったりしたリクライニング・チェア・・・オットマンも付いていて快適。
ボーッとしていると、自分がどうしてここにいるのか忘れてしまう。

2回の休息時間を含め2時間半ほどで検査終了。
最後に本日の注意事項を言い渡される。
「今日は、赤ちゃんや妊婦さんに近づいてはいけません」
 



      
知らぬが花? 2007/7/31(火)

PET-CTの貴重な体験を、一通り、皆に『自慢』し終えたところで、冷静に考える。

「あちこちに早期の小さなガンが発見されたとしたら、それは『幸せ』なことなんだろうか・・・」

胃がんを早期に発見してもらったおかげで、胃は1/3になったが、転移も無く完治するはず。
甲状腺腫瘍も、たまたま受けた脳ドックで偶然発見されて『良かった』。 ・・・と、自分を納得させることが何とかできる。
しかし、この上、PET-CTによる新たなガンが発見されたらどうだろうか。
肺の小さな腫瘍が悪性のものだったら、治療していくことになるのだろう。
そうなると、手術にせよ、抗がん剤治療にせよ、大きくQOLが損なわれることになるだろう。

それは『幸せ』なことなんだろうか??




      
検査結果 2007/8/2(木)

ドキドキしながら、病院へ検査結果を聞きに行く。
怖くて前日は眠れないのではないだろうかと思ったが、ぐっすり良く寝た。

結局、肺には腫瘍が写っていなかった・・・というか、少なくとも5ミリ以上のものはなかったという結果だった。(5ミリ未満のものはPET−CTでも発見は困難らしい)

甲状腺には、腫瘍があることを画像が示しているが、良性でも同じように写るとのこと。

いずれにせよ、当初予定通り手術をすることに。
甲状腺の半分を切除し、すぐに検査に出す。
約1時間で結果が出るので、そのまま閉じる(良性の場合)か、さらに切除の範囲を広げる(悪性の場合)かを決定するとのこと。

なんだか『大丈夫』のような気がしてきた。
グループW(がんが強く疑われる病変)ということは、単純に考えて2割は大丈夫という感じではないか。

医師に診断書作成を依頼。
これを機会に1ヶ月は仕事を休んでゆっくりしたいと思い「手術後1ヶ月ぐらい休もうと思うのですが・・・」と言うと、驚かれた。
どうも長すぎるらしい。医師の立場として、そんな診断書は書けないとのこと。
へ〜そんなものか〜手術の合併症を聞いていたら、1ヶ月はイケると思ったのだが。
結構簡単な手術なんだ〜♪

入院が15日なので13日から休むと伝えると「じゃあ、13日から3週間にしましょう」
よっしゃ〜っ!

手術前検査を受ける。
血液検査、止血時間検査、検尿、心電図、肺活量・・・ 肺活量は3500mlあった。
思わず頑張ってしまったようだ。

外科へ戻り、呼吸練習用の風船を2個もらい、入院予約をして帰る。

帰路、スーパーへ寄りパジャマを2組購入。
試着をして、気に入ったものを選ぶ。
これで、少しは入院生活が楽しくなるかな・・・




      
入院前日は父の命日 2007/8/14(火)

11日には、母宅を徹底的に掃除する。
カーテン全て、換気扇、エアコンのフィルターなどなど・・・
自宅でも『何かに追い立てられるように』カーテン、毛布、シーツなどを必死に洗った。
風呂場などは歯ブラシを使って隅々まできれいにした。

立つ鳥跡を濁さず・・・というより、じっとしていると迫ってくる不安から逃れたいのだろう。




      
入院日・インフォームド・コンセント 2007/8/15(水)

やはり落ち着かず、洗濯したり掃除したり・・・
夕食用のカレーを作ってから夫と病院へ向かう。

外科外来で、荷物を持って入院を待つ家族が数組。
夏休みでお盆ということもあり付き添いの人数が多く、誰がその中で『患者』なのか一瞥しただけでは分からない。
観光旅館のロビーでチェックインする家族連れ』という錯覚に陥る。
案内の事務の人も「○○様」と呼ぶし・・・

病室は胃がん手術時と同じで、丁度向かい側のベッド。
窓側なので、視界が開け快適。しかも、今のところ私一人だけなので『広い個室』状態。


手術担当のN医師は、私の手術翌日から『夏季休暇』に入る。
そのため『主治医』は、胃がん手術時の執刀医であったK医師となった。


夕方、夫と共に『インフォームド・コンセント』を受ける。
「甲状腺左葉切除し、すぐに『術中迅速検査』に出す。
癌ではないと判明した場合は、そのまま閉じるが、癌であれば『亜全摘』。
さらに『リンパ節郭清』も行う」とのこと。
手術担当のN医師が説明している途中から、K医師も同席。
7ヶ月前にタイムスリップしたような不思議な気分になる。
『懐かしさ』を感じたりして・・・??

グループWだと言われても、まだ自分が癌だとは思えない。
どうも納得できない。『心あたり』がないのだ。
「何かの間違いでは」と今でも思っている。



夜勤の看護師さんも顔見知りの人。
「聞いたことのある名前だと思った〜」と言う。
「脳ドックの際、検査項目には入っていない甲状腺の腫瘍が、頸動脈エコーで偶然見つかった。運が良いのか悪いのか・・・」と嘆くと、即座に「運が良かったんですよ!!」




      
手術前日 2007/8/16(木)

朝は5時に目覚め、パソコンをしたり日記をつけたりしてゆったりと過ごす。
広い部屋で一人だけというのは快適。
N医師とK医師が顔を見せに来てくれる・・・というより、私の様子を観に来たのか。

昼過ぎ、手術室の看護師来室。
手術の流れについて、詳しい説明を聞く。
7ヶ月前と同じ。写真入のパンフレットが分かりやすい。

夕方、麻酔科S医師来室。
前回と異なる点は「硬膜外麻酔をしない」「前回より醒めやすい薬を使用するので、早めに痛みを感じ始めるかもしれない」の2つ。

夜9時以降、絶飲・絶食
下剤2錠と安定剤を服用し就寝。




      
手術日・・・胃がん手術後218日目 2007/8/17(金)

朝は5時前に目覚める。
歯を磨く際、鏡を見ると右頬にコードの跡がついている・・・
そうだ・・・昨夜は寝転んでテレビを観ていたが、番組の途中から記憶がない。
夜中に見回りの看護師さんがテレビを消して、イアホンを外してくれたらしい。

恐るべし安定剤!!



朝6時   浣腸 60ccのグリセリンは普通のイチジク浣腸の倍
            ↓
 7時    手術着※及び血栓防止用ストッキング着用
       ※手術室への往復&手術後着用。ホックを外すと2枚の大きな布となる。
            ↓
 7時半   N医師が首にマジックで印を付ける。
        洋裁をする時に切る場所をチャコで印す感じかな・・・切り易いように。
            ↓
 7時45分 副院長回診(手術日と退院日&金曜日)
        M副院長・N医師・K医師他1名来室
        M副院長が首を触診し「軟らかいやんか」と言う。
        N医師「でも、境目がはっきりしないんです」
            「エコーで観た感じでは1cmぐらいですが、1.9cmという検査結果で」
            「それにグループWで・・・」
        M副院長「ふ〜ん」

       ・・・・・おいおい(-_-;) 切らんでエエのんちゃうの??

            ↓
 7時50分 N研修医が点滴を付ける。ネームバンド(名前&血液型記載)も装着。
            ↓
 9時前   ストレッチャーに乗せられ手術室へ
        若い麻酔医が酸素マスクを付けてくれ「眠くなりますよ〜」

           (-_-)zzz

 12時半  看護師さんの声
        「大きく深呼吸してください」
        「手を握ってください」
        N医師
        「ア〜と言ってください」 「ア〜♪」
        「声は大丈夫ですね」  良かった〜!!



「術中迅速検査の結果が『良性』であったため、左葉のみ切除。念のためリンパ節を1つ取った。術中検査が誤りの可能性は5〜10%程度あり、病理検査が終わって初めて最終的な診断名が付く」とのこと。
夫が見せてもらった切除片には、白くて米を膨らませたような形の腫瘍があったらしい。

私は一瞬で手術が終わった感じだが、3時間半もかかっていた。
待ち時間の間、夫は私のベッドで爆睡していたらしい・・・余裕ありすぎっ



酸素マスク・導尿管・点滴・首の両端からドレンチューブ・胸には心電図測定用のシール・両足にはエア・マッサージ器・・・
悪寒がして熱が上がる(吸収熱らしい)→37度後半
電気毛布をかけてもらっているので、暑い・・・寒い・・・腰痛い・・・尿道気持ち悪い・・・

16時前から水分摂取がOKとなり、喉が少し楽になる。
まだ、絶対安静の指示あるため吸い飲みで飲む。
前回(胃の手術時)手術直後の写真が撮れなかった(回復室で夜を明かした)ので夫に頼んで撮ってもらう。



吸収熱とは・・・「傷ついて死んだ細胞や組織などが分解され吸収されていく時、細菌を退治するのと同じような仕掛けで熱が出る」「細菌感染がなく吸収熱だけの場合は、高熱になることはなく自然に解熱するので、熱に対する処置はしない」とのこと。




      
経過は順調 :術後1日 2007/8/18(土)

あちこちコードにつながれて、寝返りもままならず、又、1時間ごとに血圧測定と検温があるため熟睡できず、朝を迎える。
足のエア・マッサージ器を外してもらったので、そろりそろりと座位をとってみる。大丈夫だ。

7時半頃 K医師来室。
     首のガーゼを外した後テープか何かを取りに出て行ったので、患部の写真を撮る。
     想像していたより短い傷跡。
     大きなバンドエイドで覆って、保護。
     皮膚の内側は『溶ける糸』で縫合してあり、外側をテープで止めてあるとのこと。
     そうだったのか。首の皮膚は二重構造になっているのか・・・

朝食はパンのみ食べる。
飲み込む時、首を絞められているような違和感があるが、ゆっくり食べると問題ない。

午前中に点滴が終わる。
尿管抜いてもらい、清拭してもらい着替える。⇒画像

ドレン・チューブの廃液バッグを持って自由に歩けるようになる。

昼食後より、服薬開始(5日分処方されている)
      セフゾンCap 100mg  ロキソニン錠 60mg セルベックスCap 50mg

術後の抗生剤投与について、胃切除の後は1日間のみで充分とのデータに基づき当日のみであった。確か多くても3日間だったことを思い出し、質問しようと思ったがやめた。
「色々うるさい患者やな〜」と思われるのもね〜

脂汗をたっぷりかいたので、頭髪がベトベト・・・
20時過ぎ、看護師さんの動向を見ながら、思い切って部屋の洗面台でシャンプーする。
生き返った気がした。

便通は朝食後と昼食後にあった。消化器系は元気。



      
解熱 :術後2日 2007/8/19(日)

朝、トイレでふらっとしたと思ったら低血圧。 85しかなかった。

熱は平熱に戻り 36.5℃。



      
シャワー浴 :術後3日 2007/8/20(月)

8時前、処置室にてK医師がドレンチューブを抜く。処置後はバンドエイドで保護
『廃液バッグ』を持ち歩かなくても良くなり、身軽になった。

「いつ退院してもOK」とのこと。

当初は「土曜日までゆっくり過ごしたい」と思っていたが、どうも持ちそうにない。
『元気』だからか・・・
夫に早めに迎えに来てもらおうと思った。

術後、初めてのシャワー浴。 スッキリ!!
全部着替えて、コインランドリーで洗濯&乾燥。




      
今日も優雅な一日 :術後5日 2007/8/22(水)

朝から、新聞を読んだり、ネットをしたり、コーヒーを飲んだりして過ごす。
ヒマだ・・・
傷を覆ったバンドエイドを半分外して写真を撮る。⇒画像



      
退院日  :術後6日 2007/8/23(木)

朝は、お約束どおりの『副院長回診』
医師数人を引き連れ、傷口を診に来る。

午後5時ごろ退院。
自宅でゆっくり入浴。やはり自宅は良い。心底リラックスできる。

傷を覆ったバンドエイドをはがすと、接着面が赤くただれていた。
痛痒いので、アズノール軟膏を塗っておく。
これからは貼らないでおこうと思った。

疲れたのか、テレビを観ている途中で眠り込んでしまう。



      
しんどい一日 :術後8日 2007/8/25(土)

朝から体に力が入らず。洗濯物は息子に干してもらう。
手術直後、左奥歯が痛む感じがしたが、これは顎のリンパ節(?)の腫れによるものだったのだろうか・・・
本日も同じ場所に鈍い痛みを感じる。

体の色んな場所がまだ『本調子』ではないようだ。



      
病理結果 :術後13日 2007/8/30(木)

退院後の初通院日。
・病理結果 ⇒ 「良性」
・血液検査 ⇒ 「甲状腺関係(※)の数値 問題なし」
       ※高感度TSH フリーT3 フリーT4

・・・で、甲状腺関係の診察としては本日で終了。
今後は、『胃』関係 & 『肺』・・・造影CTで写っていた複数の5mm以下の腫瘍  の経過観察をしていくことになる。



      
結局「ヤブヘビ」??何を言っても『結果論』

事前にネットで調べた内容は次の通り
「機器の進歩で、甲状腺のシコリはよく見つかるようになった。
エコーで調べると、普通の人でも10人のうち3人の甲状腺の中にシコリ(結節)があると言われているが、その9割は『良性』である。」

15年以上前、喉か耳の診察を受けるため耳鼻科に行った際『ついでに』甲状腺の触診をしてくれたことがあった。
「女性は、甲状腺に腫瘍ができる場合が多いから」と。
結果、シコリがあるとのことで、日赤病院に紹介状を書いてくれた。
検査を受けた結果「特に、今、治療対象のものではない」ということだった・・・と思う。
はっきり思い出せないところをみると、大したことはなかったのだろう。

それが『育った』ものだとすると、『良性』のものに違いないと直感的に思ってきた。
高度な検査で、『グレー』から『黒』の範囲を行ったり来たり・・・で切った結果は『白』!!

「脳ドックを受けなければ・・・」「受けたとしても、エコーの技師が甲状腺までチェックする技師でなかったら・・・」一生『良性』の腫瘍と共存して行ったのだろうか??
良性』が『悪性』に豹変する日がきたのだろうか??

今となっては、何を言っても『結果論』に過ぎない。

検査・入院・手術で多大なお金を遣ったが、別に生活に困るわけではない。
何より、仕事や介護から一時期逃れることができる『大義名分』ができ、ゆっくり、ゆったり過ごすことができた。

喉に多少の違和感はあるが、日数を経るごとに改善していくだろうという確信は持てる。
心配した『声』への影響もなく、一安心。

術中の『迅速検査』のおかげで、余分に甲状腺を切られることも無かったし、残り半分で充分な役割を果たしてくれているようだし・・・

これで良かったんだ!!

全てがうまく行ったんだ!!

やはり『幸運』だったんだ!!  ・・・と繰り返し自分に言い聞かせる。



      
職場復帰 :術後32日 2007/9/18(火)

(胃がん術後250日)
本日から職場へ『再復帰』する。

予定では『涼しく快適な』仕事生活が始まる・・・はずだったが
何で今年に限って、こんなに残暑が厳しいのか

ま、最高気温37度の時期に『下界』を離れて過ごすことができただけでも良しとするか・・・

胃の手術後と違って『元気』!!  傷はこういう感じになった。
本日、母宅に戻る。 



      
コーラス練習 :術後44日 2007/9/30(日)

2ヶ月半ぶりのコーラス練習日。

2日ほど前から急に肌寒さを感じるようになり、体がゾクゾクしていた。
朝からしんどさを感じていたが、「練習したら治るかも・・・」と期待して参加。

しかし、だんだん喉が絞まり、頭も痛くなり、熱っぽい感じがしてきて、だるくて仕方なくなった。
(ちなみに、朝検温したら35℃!!)
午後1時から5時までの練習で、ずっと楽しみにしてきたのに、3時前にダウン・・・残念!!

帰宅後検温したら、36.5℃だった。
胃もムカムカして・・・風邪なのかな〜
甲状腺切除の後遺症なのかな〜(-_-;)



      
温泉旅行:術後64日 2007/10/20(土)

久しぶりの温泉旅行。

昨年末、娘と白浜に行って以来、実に10ヶ月ぶりの旅行である。

喉の傷より、胃の『許容量』について不安があったが、少しずつ和食のコースをほぼ全て味わうことができた。
温泉にも3度入った。

気持ちよかった〜♪

記念撮影した喉元の皮膚が、温泉に入りすぎたせいか、少々たるんで・・・ ⇒画像



      
無事に迎えた新年!!:術後137日 2008/1/1(火)

昨年の正月は、大きな不安(胃がん手術に対する)と、半ば開き直った気持ちを抱えながら迎えた。
その時点では、まさか8月に甲状腺の手術までするとは夢にも思っていなかった。

人生わからないものだ・・・

色々あったが、生きて元気に新年を迎えることができたことに何ともいえない感動を覚える。

とりあえず記念撮影。 喉の傷はこんな感じ⇒画像
角度によってはほとんど目立たなくなった⇒画像

N医師は実に上手く切ってくれたんだと、心から思う。






      
15年以上経って・・・       2023/8/7(月)

「なんと、のんびりしたことを言ってるのだ」と、15年後の私は思う。

2007年、左葉の腫瘍は『腺腫様甲状腺腫』という良性腫瘍の診断だったが・・・
2020年12月、実は良性腫瘍ではなく『
甲状腺濾胞癌』であったことが判明。
しかも、仙骨、腰椎、寛骨臼、肋骨、肩甲骨、胸椎、左橈骨・・・と『
多発骨転移』したステージWの状態だった。



2020年11月、市の検診で肋骨の腫瘍が見つかり、がんセンターを紹介される。
がんセンターでN病院での甲状腺手術時の『病理標本』(プレパラート)を取り寄せ再検査したところ、濾胞癌との結論。
『放射性ヨード治療』をすることになり、全く異常の見つからない右葉を補完全摘。
大学病院での治療を複数回受けることに。
がんとの闘いor共存は死ぬまで続くことになるだろう・・・

◎経過の詳細はこちら ⇒ pdfファイル
          jpgファイル




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